狂犬病説

『狂犬病説』:陸軍文庫 明治12年(1879年)8月 出版

▶ 生前診断

 1879年当時、狂犬病を確定することのできる診断技術はなかった。そのため、

 ・狂犬病陽性・潜伏期の動物に咬まれた

 ・唾液の分泌が多い

 ・狂犬病陽性の動物の肉を食べた

 ・狂犬病潜伏期の動物と交尾した

 ・相貌が恐ろしく、異常行動を示す

 これらに当てはまる場合、狂犬病の疑いがあるとして、潜伏期の3か月間係留され、特徴的な症状を示すかどうかで診断された。

▶ 臨床症状

 当時、狂犬病を発症した動物は以下のような症状を示すことが分かっていた。

・ふらふらと歩きまわる。「歩様蹌踉として一處に留まらず」

・結膜の充血。「結膜紅色を呈し眼球の周囲に赤色の輪を呈す」

・口を開け、粘性のある唾液を流す。「口腔を開放し粘膜に軽紫色を帯びて流涎する」「其形状は粘着な様子は糸を引くかの如くであり」

・舌の変色。「舌は暗褐色となり」

・敵を妄想して、周りの物に咬みつく。「敵獣ありと妄想し、飛躍して周囲の物を噛む」

・ひびの入った茶碗を打つような鳴き声。「其音は清からずして濁り自然の音調を失う。」「恰も缺損した陶器を打つ音の如し」「唯此兆候のみで狂犬病であることを診定するに足りる。」

・食欲の変化、異嗜。「或ときは貪食し、又あるときは寡食し、或ときは絶食し、或ときは木石藁等も厭わず嗜喫する」

・水を飲みたがる。症状が進み、咽喉麻痺が出た後は水を噛むような仕草をする。「初期に於いては頗る飲水を欲す。」「鼻端を水中に没入して舌の作用を助けようと欲し水を噛むような仕草である」

・咽喉部の麻痺。「屡(しばしば)咽喉部に掻痒をおぼえ此部を器物に摩擦し、或は首を伸ばして大きく口を開き嘔気(あくび)を促す仕草を呈して」

・感覚過敏。「搐搦(ちくだく、痙攣・ひきつけのこと)を発し、冷水を飲下すれば益々甚だしく爾来嫌避して之を恐れる」

・攻撃的だが、他の犬に攻撃を受けると抵抗せず静止する。「他犬からの咬噬(こうぜい)に遭遇するとたちまちに静止して、これに抵抗せず是を病犬の奇事とする。」

・皮膚の感覚が麻痺する。「渾身の表皮麻痺するに従って触感鈍って或いは全く知覚を失うこともあり」「赤熾の烙鉄に噛いついたまま放たず、是最も酷烈の苦痛を感じていないように見える」

・後肢の麻痺。「後肢は支柱する力を失って静止し此より搐搦(ちくだく)を連発し遂に沈鬱して斃れる。