家畜伝染病診断学

『家畜伝染病診断学』:獣疫調査所 近藤正一 著 文永堂書店 昭和16年3月 発行

▶ 死後診断

 ネグリ小体が検出されるか、動物試験で陽性となった場合は狂犬病と確定することができた。

 しかし、ネグリ小体が検出されない場合や動物試験で判定することができなかった場合でも、狂犬病を否定することはできないため、他の診断と併せて総合的に判断された。

◎ネグリ小体検出法

 当時の狂犬病陽性犬のネグリ小体の発見率は約90%であった。

 ネグリ小体の検出は1917年と変わらず、アンモン角からボーネ法によって切片を作成し、マン染色法、レンツ染色法、スツッツェル染色法、ワンギーソン染色法を用いて染色していた。

◎動物試験

 当時最も確実な診断法が動物試験であった。

 ウサギ、モルモット、マウスが試験に用いられたが、モルモットはウサギと比べて潜伏期が2~3日短縮されるとされていて、よく用いられていた。アンモン角や延髄から採取した検体から乳剤を作成し、脳に接種する。狂犬病陽性だった場合、早くて8日、一般的には14~20日の潜伏期の後に症状が発現し、1~2日で斃死する。

 検体に汚染の可能性があるときは、フェノールグリセリンで24時間処理した後に乳剤を作成するか、筋肉内注射によって接種した。

◎血清反応

 補体結合反応による診断が検討されていたが、まだ実用的な方法は見つかっていなかった。

▶ 病理解剖的診断

 狂犬病に特徴的な病変は少ない。

 死体には咬傷や裂傷があり、口腔粘膜が赤色を帯び浮腫が起こる。また舌苔が多く声帯に浮腫や出血斑が見られる。唾液腺は充血し、結合組織間に漿液の浸潤が起こる。胃内は空であることが多いが、異物が貯留していることがある。また胃粘膜に小豆大の出血斑が起こる。

 脳や脊髄に充血や水腫が起こることがあるが、肉眼的な変化は顕著ではない。組織学的には非化膿性脳脊髄灰白質炎、毛細血管周囲への小型円形細胞の浸潤、神経節細胞の変性、膠質細胞の増殖が見られる。特に大脳、中脳、延髄、第7・10・12対神経節部の変化が顕著である。しかしこれらの病変は狂犬病特有のものではなく、他のウイルス性の疾病でも起こるため注意が必要である。

狂犬病の症状の現れ方には躁狂(現在の狂騒型)と静狂(現在の麻痺型)の2種類が存在し、それぞれ次のような症状を示す。

▶ 臨床症状

◎躁狂型

前駆期:半日から1日続く。

 挙動が一変し、不安を示したり怒りやすくなる。食欲はあるが藁、草、糞などの異物を好んで食べるようになる。飼い主を積極的に咬むことはないが、未知のものは異常刺激によって咬むことがある。この時期に顕著な症状は動物の態度の激変、反射の亢進、攻撃性の増加である。

刺戟期 / 極期:2~3日続く。

 狂暴狂乱に至り、極めて軽微な刺激にも興奮し、飼い主だけではなく生物無生物を問わずあらゆるものに咬みつき、自分を咬傷することもある。この時期には鳴き声が一変し、いかなるものにも恐れず攻撃する様は見る人に狂気を感じさせる。

 しかし、この時期から麻痺期に至るまでは時々沈衰期を交える。つまり、狂暴の限りを尽くした後、疲労脱力したように地上に横臥し、または一カ所に停滞し呆然と一方を凝視したかと思えば、また突然狂暴化する。

 また体の一部に麻痺が起こるようになり、声帯麻痺や嚥下困難に陥ることで、吠え声が枯れ、摂食が困難になる。また唾液分泌が増加し、著しい流涎がある。

麻痺期

 この時期には動物は沈衰が極度に達し、下顎や舌、眼球、後肢に麻痺が及ぶ。動物は口を開き、舌を垂れ、流涎し、斜視かつ瞳孔は散大あるいは縮小する。後肢麻痺が起こると歩様が蹌踉となり最後には起き上がることができなくなり死に至る。

◎不全型・異型・鬱狂

 前駆期からすぐ麻痺期に進む病型と、始めから沈静および麻痺症状を示し比較的短期間で死に至る病型と、長く沈静症状を示す病型がある。極めて稀に、一過性の興奮を示した後、回復するものがある。