概要
狂犬病の発生は、GHQにとっても重大関心ごとの一つであったが、防疫活動は低調に推移していた。GHQは狂犬病防疫に関するメモランダム(覚書)が日本当局に寄せた。このメモランダムの内容の一部が、狂犬病予防法に取り込まれている。

背景

狂犬病の発生は、GHQにとっても重大関心ごとの一つであった。

昭和23~24年と続いた狂犬病の大発生は、GHQの意図に反し、防疫活動が低調に推移していた。これがGHQ当局のあせりをかき立てることとなり、昭和25年3月6日、メモランダムが寄せられた。

内容

知事によって実施される防疫計画(移動禁止措置、予防注射の徹底、犬の屋内での飼育、咬傷犬の報告・監視、民間への伝達など)をつくるべきである旨や、狂犬病のワクチンを供給すべきであると述べている。

メモランダム全文

(1)地方を含む県から報告され,この期間中に76人が狂犬に咬れて死亡している.又25年1月1日以降82件の狂犬病が関東地方で報告されているが,この発生を防止するにはもっとすぐれた撲滅措置がとられない限りは今後においてその発生が減少するという兆候は更に見えない.
(2)現在の発生は占領軍軍人,日本の住民及び家畜・畜産に対し明かな危険を構成しているものであり,これについては左記の規定を実施するため至急の手段がとられるべきである.
  厚生省乳肉衛生課の官吏は会議を行い,知事によって直ちに実施されるよう確実な防疫計画を作るべきである.この計画には次の点が含まれている.

    1. 関東地方における県間の犬の移動に関する交通遮断の設置を要求する共同の省令を施行すること.更に北海道及び九州四国の県に対し本州のいかなる県からの犬の移動も禁止するよう指令すること,又農林厚生両省がなす共同規定は狂犬病の発生がもはや抑制され,又は根絶されたと考えるにいたるまで交通遮断(移動禁止措置)が実施されるべきである.
    2. 交通遮断(移動禁止措置)継続中はすべての犬の展示会,見売物等の開催は禁止すること.
        交通遮断実施中はいかなる場合でも除外例は認められない.
    3. 関東地方では積極的な免疫計画が実行されるべきである.それには保健所の獣医師・家畜防疫に従事する獣医師・開業獣医師がその地域内及び獣医師が利用され得ない地域のすべての犬の免疫業務の援助に携わるようされるべきである.
    4. すべての犬はその所有者の邸内に監禁されるべきである.犬の運動の際に革紐でつなぎ常に放れぬように処置されなければならない.
    5. 日中犬を監禁し夜間それを自由に放任したりすることは許されない.
    6. すべての犬の所有者は即刻狂犬病に対し犬を免疫にすべき処置をとるべきである.
    7. 犬の移動禁止が解除されるまでは免疫をうけたすべての犬は邸内に監禁されなければならない.
    8. 咬傷犬の所有者は保健所の獣医師・家畜疾病防疫に携わる官吏又は開業獣医師に直ちに報告し,それによって犬を監視下におくために必要な処置がとられるようにしなければならない.監視期間は16日間である.
    9. 大規模な野犬掃蕩計画が行われ,もし必要ならば警官が援助を与えるように要求されるだろう.野犬掃蕩の間は所有者の民権が認められるべきであることが必ず理解されなければならない.
    10. 野犬が捕かくされた時には,県知事によって規定されたように取扱われるべきである.
        野犬を殺す際はできるだけ人情に厚いやり方でこれを実行するよう獣医師は要求されるべきである.
    11. 犬の移動禁止規定並に狂犬病防遏に関する規定の報道にラジオ・新聞及び都市村落の掲示板に貼付されるポスターを通じて民家に伝達されるべきである.

 (3)農林省及び厚生省の官吏は関東地方の全県に対し何等の遅滞なく狂犬病ワクチンを充分に供給する責任がある.
 (4)この事件に関係ある官省の官吏は連合軍総司令部公衆衛生福祉局獣医事務課に狂犬病防遏施策の進捗状況に関し報告を提出すべきである.

公衆衛生福祉局長 軍医部准将
クロフォード・エフ・サムズ
(厚生省渉外課翻訳)
 ー田中良男, 「狂犬病予防法の制定をめぐる想い出の数々より転記
 

終わりに

このメモランダムがきっかけとなり、記載されていた内容を元に、後述する狂犬病予防法の撲滅対策要領の通達や、狂犬病予防法の原案が作成された。