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概要
日本では、狂犬病予防法制定(1950年)以降、わずか7年という短期間で国内での狂犬病撲滅を達成し、その後も清浄国の維持に成功している。狂犬病予防法がどのようにして実効性を発揮し、狂犬病の制圧に貢献したのかについて、三つの観点から述べる。
明治以降に制定された五つの法律及び規則について条項比較を行った表は以下の通りである。
これらの比較より、狂犬病予防法の特筆するべき条項として以下が挙げられる。
・無登録犬・予防注射未接種犬・注射済証不装着犬の抑留を法律として義務化
・狂犬病疑い犬の追跡時などに、犬所有者や土地所有者からの許可なく立ち入りが可能
これにより、狂犬病防疫における強制力が上昇し、野犬駆除実施率向上に繋がった
1922~1948年(旧家畜伝染病予防法)予防注射は警察官吏または家畜防疫委員(※)が行っていた。
1948~1950年(警察法施行に伴う旧家畜伝染病予防法改正)予防注射は家畜防疫委員のみが行っていた。
※…家畜保健衛生所において家畜の所有者への指導や家畜伝染病発生時に 緊急の必要がある場合の患畜等の殺処分、埋却等の都道府県の業務を担う委員
戦後内務省が各県に「公衆衛生課」を作り、その中で動物衛生を担当する課が配置。しかし、家畜防疫担当の人数は少なかった。これを鑑みたGHQは県の獣医師の監督下で開業獣医師に予防注射を行わせるという命令を出した。
「狂犬病予防法施行について」(1950年~)狂犬病予防注射を原則として開業獣医師に行わせる。
よって、予防注射を開業獣医師が中心となり行うことで接種数が増加したほか、予防員が公衆衛生対策に専念できるようになった
~1923年 動物の狂犬病対策は農林省が管轄
1923年~1929年大阪を中心とした大流行を経て、内務省が予防協議会を招集したが農林省はこれを拒否。7年間話し合いがもたれなかった。衝突の末、行政調査会(※1)を経て主管が農林省から内務省(※2)へ移管
※1…行政改革に関する基本的事項を審議する機関※2…現在の厚生労働省
1950年 GHQの要請のもと、厚生省・農林省が協力し狂犬病予防法原案作成
よって狂犬病防疫において、狂犬病予防法制定の過程で、畜犬取締と人感染による恐水病予防を一本化して法制定を行った
野犬駆除は明治以降どの法律/規則でも義務化されてきたが、狂犬病予防法により、駆除数が増加し、狂犬病対策に寄与した。しかし、当時民衆が撲殺に対して忸怩たる思いを抱いていたことも忘れてはならない。
以下の写真は、撲殺された野犬や狂犬を弔うために、裁縫学校の女生徒らが募金して建立した畜霊塔についてのものである。