衛生検査指針

『衛生検査指針』:国立予防衛生研究所 北岡正美 主査

共同医書出版社 昭和25年(1950年)10月 第2版発行

血清を用いた診断技術が発達し、ネグリ小体や動物実験による診断に加えて、同定試験が行えるようになった。狂犬病の判断は、次のような流れで行うように定められた。血清を用いた診断技術が発達し、ネグリ小体や動物実験による診断に加えて、同定試験が行えるようになった。

▶ 死後診断

◎ネグリ小体検出法

 アンモン角の薄片をスライドガラス上に塗抹したものを染色することでネグリ小体を検出していた。

 塩基性フクシン、メチレンブルーを用いてネグリ小体を赤紫~濃赤色に染色する、セラーズ染色法が新しく用いられるようになった。この方法は、被験標本を固定する必要がなく、数秒で染色が行えるため、最善の方法であった。

 塗抹染色法セラーズ染色法によって作成したスライド8枚を検査することでネグリ小体陽性かどうかを判定していた。

◎動物試験

 感受性が高く、潜伏期間の短いマウスに脳内接種することで行う。

 ・大脳皮質アンモン角部、脳幹部、小脳の3カ所から小片をとって乳剤を作成し、5匹以上のマウスに脳内接種する。

  →接種後4日以内に死亡した場合は狂犬病ではない。(しかし、死因の特定が望ましい。)

 ・5日目以降に死亡したマウスの脳乳剤を、さらに各3匹のマウスに接種する。街上毒は通常7~11日で発症するので、この時期に症状を呈さない場合は1匹を安楽死し、その脳乳剤を3匹に接種する。

  狂犬病を発症した場合、まず毛が逆立つ。ピンセットでつまむと遊泳運動を示し、机に放すと耳を水平にし、首を伸ばして蠕動するように伸張する。ついで流涎、麻痺が現れて死亡する。

  これらの症状が観察期間中に現れた場合は、直ちに殺し、一部はグリセリンに保存し、残りを同定試験に用いる。動物試験の判定に困った場合は、グリセリン材料から再び接種を行うか、死亡マウスの脳乳剤から接種を行う。

◎同定試験

 狂犬病を同定するためには標準となる免疫血清が必要である。免疫血清の作成方法には様々な方法があるが、次のようにすると補体結合反応における正常マウス脳抗体の支障がない。

 ・街上毒または固定毒感染マウス脳乳剤をモルモットの脳内に接種し、1%フェノール添加滅菌食塩水で感染モルモット脳の20%乳剤を作成する。

 ・5~7日間冷暗所に保存し、毎日数回振り混ぜる。これを2倍希釈した物3mL程をモルモット腹腔内に7日ごと3回接種する。3回目はフェノールを含まない脳乳剤のみでも良い。

 ・免疫開始から28日目に全採血し、抗体価を測定する。

◎中和試験

 狂犬病陽性血清と陰性血清を用いる。

 ・20%感染マウス脳乳剤を10倍段階希釈し、それぞれに血清を同量入れた物を氷上で一定時間反応させる。

 ・マウスに脳内接種する。各希釈液は3~5匹ずつのマウスに接種し、最低4週間観察しLD50を算出する。

<補体結合反応>

 被験血清、抗原として狂犬病を発症したマウスの脳、補体としてモルモットの血清、めん羊の赤血球を用いて、検体中に抗狂犬病抗体が存在するかを検査する。7~10日間隔で2回以上検査し、抗体価が上昇したかどうかが確かめられた。

<交叉感染防御実験>

 狂犬病に感染したマウスと、検体を接種したマウスの脳から1%フェノール食塩水を用いてワクチンを作成する。これを1週間間隔で2度、マウスに腹腔内接種する。免疫開始後21日目に、ワクチン作成に用いたマウスの脳の乳剤を、免疫マウスに筋肉内接種し、それぞれの群の致死率を比較する。

▶ 臨床症状

◎定型狂犬病

1.潜伏期:非常に不定で6~9日から年単位に及ぶものもあるが、一般的には2~6週間である。幼若の動物ほど潜伏期が短い傾向がある。

2. 前駆期

 動物は一般に不安症状を呈し、飼い主の指示に抵抗し又は逃走する。反射機能は亢進し軽微な刺激にも興奮して咬傷を加える。

 食欲はふつうであるが、異嗜を発して異物を採食するなどの異常を発する。この時期は0.5から2日位で経過する。この時期にすでに病毒が唾液中に証明されることが多い。

3. 躁狂期:2~4日継続し、狂犬病に特異的な症状がみられる。

罹患した動物は狂暴になり、畜主や動植物、無生物を咬傷し、さらに自身も咬傷する。また、眼光異様となり前の一角をにらみ(外斜視)、また幻覚を発し空中の蠅を摂るように空中を噛む。

音声は全く変化し嗄声を発するかまたは無声となり、流涎する。狂躁後はしばらく制止するが再び次の狂躁に移行する。次第に沈衰状態の頻度が増える。

4. 麻痺期:この期になると静止状態が顕著になり、麻痺が下顎、眼球、後躯におよび死に至る。

◎非定型狂犬病

 定型例のほかに前駆期からすぐ麻痺期に至る病型、または麻痺症状に始まり短期間に死亡する病型、あるいは発症してから長い経過をたどり稀には治癒する例もあるといわれる。